歴史から学び、現在を楽しむ

~歴史とは、現在と過去との対話である by E・H・カー~



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2009-05-06

秀吉の毛利攻めでの和睦

 1582年に羽柴秀吉は備中高松城(岡山市)を水攻めにしました。
 
 城主の清水宗治を救援するために駆け付けた毛利勢の小早川隆景や吉川元春も
救出の手立てがなく、秀吉との膠着状態が続いていました。

 ここに本能寺の変が起き、信長の死を知った秀吉は、その死を隠し、宗治の切腹を
条件に和睦を成立させ、明智光秀を討つために、軍を引き返し京都に向かいました。

 秀吉の撤退後、信長切腹の知らせが飛び込んできたときに毛利勢は
まだ高松城下にいました。
 
 家臣たちは「秀吉は逃げたに違いない。まだ遠くないところにいるから、追い討ちに
して秀吉を仕留め、そのまま京都を攻めれば、天下に旗を揚げられます」と訴えました。

 これに対して、小早川隆景は次のように答えました。

「いったん和睦しようと盟約したのに、血墨の乾かぬうちに、敵の災いに乗じて約束を
破ることは、大将たる者の恥であって、すべきことではない」

 この後に秀吉から酒樽が届き、和睦がされた感謝の意が伝えられました。

 隆景は生前に毛利氏が豊臣政権下で安泰でいられるのは、高松城下で交わした盟約を
守って追撃しなかったことを秀吉が感謝しているからだと、自慢話として吉川元春の
嫡子の広家に語っていたそうです。

*********
編集後記
*********

 何事にも勝負は正々堂々とするのが互いに禍根を残さず潔いものだと思います。
 
 たとえ、結果的に負けたとしても(自分自身との戦いでもある受験勉強もそうです
が)、精一杯やった後は、後悔が残ることはないのではないでしょうか。

 ここ一番のときは“精一杯”ということが何よりも大事なのだと思います。


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