歴史から学び、現在を楽しむ

~歴史とは、現在と過去との対話である by E・H・カー~



歴史から学び、現在を楽しむ>> スポンサー広告>> 歴史ニュース >> 信長の命令で廃城された筒井城跡から堀の遺構!
--------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-------- │ スポンサー広告
2010-03-12

信長の命令で廃城された筒井城跡から堀の遺構!

 織田信長に仕えた戦国大名、筒井順慶の居城だった筒井城跡で、
16世紀後半に埋め戻されたとみられる堀の遺構が見つかったそうです。


 城の取り壊しを命じた信長の「破城令」で天正8(1580)年に
埋められたとする当時の文献の記述を裏付けており、
市教委は「信長の破城政策を知る上で貴重な発見」としています。

~以下、記事引用=
 堀の跡は、城主の館とみられる場所付近で確認。

 深さ約2・5メートル、幅約6メートルで、断面がV字形の「薬研堀」だった。

 当時の神事で用いられた「かわらけ」と呼ばれる素焼きの小皿など、100点以上の土器も一緒に出土。

 市教委は、筒井城を廃絶する際の祭祀(さいし)で用いられ、堀とともに埋められた可能性が高いとみている。

 筒井城は室町~戦国時代の大和国の重要拠点。

 興福寺(奈良市)の僧侶で順慶とも親交があった多聞院英俊による「多聞院日記」の記述によると、
信長は天正8年に郡山城を除く大和地方の城を廃絶するよう順慶に命じ、筒井城もこれに伴って廃絶された。

 日記には、同寺周辺の住民が動員されたと記されている。

 現地説明会は14日午前10時から行われる。

 NPO法人「城郭遺産による街づくり協議会」の中井均理事長の話

「破城は江戸幕府による一国一城令まで全国で実施されたが、信長の破城については詳細が不明。
多聞院日記と付合したことで、実態を知る重要な手がかりになる」

テーマ : 歴史大好き!
ジャンル : 学問・文化・芸術

2010-03-12 │ 歴史ニュース │  コメント : 0
コメントの投稿
Secre

ご意見・ご感想!!

名前:
メール:
件名:
本文:

FC2カウンター

芳田作成レポート1
『ビジネスに役立つ面白い歴史上のエピソード VoL.1』
ビジネスに役立つ面白い歴史上のエピソード
現代よりもあらゆる意味で過酷であったと思われる時代に、歴史上の人たちはどう対処していたのかをまとめました。先行きが見えない、不透明な時代だからこそ、過去との対話が未来を切り開くはずです。
芳田作成レポート2
『NHK大河ドラマ『龍馬伝』を10倍楽しむ!!』
『NHK大河ドラマ『龍馬伝』を10倍楽しむ!!』
NHK大河ドラマ『龍馬伝』ですが、幕末の「坂本龍馬」を取り上げたことは、今の時代にマッチした最高の選択ではないでしょうか。このドラマは、きっと我々「現代人」にも感じさせられるものがあると思います。当時の時代背景や、龍馬の人生を深く知ることで、このドラマを10倍楽しみましょう!
発行メールマガジン
PCブラウザ版↓
メルマガ購読・解除
 


携帯ブラウザ版↓
メルマガ購読・解除
 
芳田の一押し教材
「成功の9ステップ」オーディオコース特別版
プロフィール
職業:研究職(医学・薬学)

芳田 喜生

Author:芳田 喜生

歴史と科学について吟じます!(古いかな?)
カテゴリ
リンク
無料情報ドットコム
無料情報ドットコム <歴代ランキング>
アクセスランキング


[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
5031位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
歴史
395位
アクセスランキングを見る>>
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。